町田で月イチでアートが楽しめる「パリコレッ!ギャラリー」。
第7弾は町田市在住のアーティスト:庄司光里さんです。
今回、木版画の魅力や技法についてのお話も交えながら、
3月30日(火)から始まる個展「風に聞いて」について伺いました。
■木版画の制作を始めたきっかけを教えてください。
多摩美術大学の版画専攻に入学して、木版画を選んだことがきっかけです。最初に銅版画、リトグラフ(*1)、木版画を一通り経験した後、どれを専攻するか決めるのですが、木の温かみが自分にあっているなと感じ、木版画を選びました。また、木版画は、それぞれの色がパキっとわかれたような表現もできれば、色をたくさん重ねて刷ることも出来ます。小学校の時、図工の授業で体験した一色刷りを想像していたので、自分の想像以上に色々な表現が出来て、奥が深いなと感じました。
*1リトグラフとは…水と油の反発する性質を利用して描く版画。版面を彫らないため平版とも呼ばれる。
■作品の中で自然や風景が多く描かれていますが、いつ頃から描き始めたモチーフですか。
私は自然そのものを描いているというより、「人の記憶の中の風景」だったり、「人がその風景を見て感じた気持ち」をテーマに、自然や風景を半抽象的に描いています。
そういったモチーフを描き始めたのは大学院に通い始めた頃なのですが、本格的に描き始めたのは、結婚後に2年間移住した、伊豆諸島に位置する神津島(こうづしま)に住み始めた時です。散歩で村を一周できるくらい小さな島で、山もあり海もあり、自然がとても美しい島でした。毎日釣りをして、名産品にもなっている明日葉がそこらじゅうに生えていたので、摘んで食べていましたね。(笑)昔からのお祭りや神事が豊かな島で、神津島の美しい風景の中に、そういった古くからある云い伝えなどを含ませて制作したいと思ったことがきっかけです。
■「一版彫り進め技法」で木版画を制作されているそうですが、どういうものですか。
一版彫り進め技法とは、一枚の版木で、彫りと刷りをくり返し、多色刷りをする技法です。“彫って、絵具を乗せて、刷る”をくり返すため、刷った回数だけどんどん色が重なっていきます。画面の中で紙の色がそのまま残っている場所は、最初に彫った場所です。
この作品では、最初に黄色と金色を刷りました。羽の先を少し彫っているので、インクが乗っていません。最初に刷った色を残したい場合は、その部分を彫るか、版木にニスを塗って次に刷る色が乗らないように絵具をはじかせます。
次に、羽の模様を彫って、上から青色を刷りました。彫っていない部分は黄色と青色が重なって緑色に、彫った部分は青色が乗らないため、黄色が残ります。
■制作の流れを教えてください。
まず、テーマにしたいことや描きたいものを決めて、エスキース(*2)をします。だいたい、小さいスケジュール帳の裏とかにささっと描いていますね。エスキースが終わったら作品のサイズを決めて、版木に下書きを描き始めます。下書きが終わったら、何色で刷るか決めます。色数が決まることで、彫る場所も決まってきます。だいたいは、色数を決めるまでが時間がかかりますね。色数が決まったら、彫って刷っての繰り返しです。彫り進めると完成まで早いですね。
*2エスキースとは…作品を制作するための着想や構想、あるいは構図を描きとめた下描きのこと。
■庄司さんの制作に必要な道具セットを教えてください。
①彫刻刀
用途や表現に合わせて、4種類の刀を使い分けています。(左から)
平刀:広い面をたくさん削るときに使います。
三角刀:細い線彫りや輪郭線を彫るなど、強い線を出したい時に使います。
丸刀:丸みを生かした模様を彫る時や、背景に雰囲気を出す時によく使います。
切り出し(右印刀):三角刀よりも細かい表現をしたい時に使います。また、はみ出さずに彫りたい時、形に沿って切り込んで溝を作る役割があります。
②バレン
絵具を紙へと転写させるための摺り道具です。版木の上に乗せた紙を、バレンで擦ります。
③フェルト布
バレンの下に引き、摩擦を軽減させることでバレンの持ちを良くさせます。
④椿油
フェルト布に椿油を染み込ませ、すべりをよくさせています。
⑤絵具
私は日本画用の絵の具を使っています。日本画絵具は、粉のような顔料です。この顔料だけでは画面上に定着させることができないので、膠(にかわ)という液体の定着剤を混ぜて使います。右側の絵皿に入っているものが膠で混ぜた絵具です。
⑥刷毛
馬の毛で出来ていて、とても硬い刷毛です。版木の上に絵具を乗せるためのものです。
⑦和紙
左側と中央は手漉きの楮紙(こうぞし)という種類の和紙です。楮はクワ科の植物です。楮が入っている紙は、他の紙と比べて絵具が染み込みやすいので、よく使用しています。右側は竹和紙です。楮に比べて繊維がより細かく、表面が滑らかです。和紙はよくアワガミファクトリーさんで購入しています。
⑧水刷毛
紙は、最初に水刷毛を使って紙全体を均等に湿らせています。紙が湿っていると、絵具が紙に浸透するので、絵具が滲んだり、絵具の付き方が柔らかくなります。紙が乾いた状態で刷ると、紙の表面に絵具が付くので、ぱきっとした色の表現になります。また、紙は水分によって伸び縮みするので、紙が乾いたまま絵具を付けると、絵の具がついた部分だけ紙が伸びてしまうので、2回目3回目と刷る時にどんどんズレが生じてしまいます。紙を湿らせることによって、ズレを防ぐ効果もあります。
■制作の中で気をつけている部分はありますか。
紙本来の白さを必ずどこかに入れるように心がけています。紙の白は、絵の具の白とは全く違うんですよね。紙自身が持つ色というものがあるので、その色を活かして、画面の中に抜け感を作っています。
■木版画の魅力はどこですか。
木版画は、版木の木目や紙の風合いなど、素材の力に助けられることがとても多くて、それぞれの素材の表情が刷ったものに現れるのがとても楽しいですね。また、特別な薬品を使わずに制作できるので、環境や身体に優しいところも良いと思います。
制作するときは、自分の頭の中にあるイメージに到達するにはどう刷ったら良いのかを考えていくのですが、刷り始めると、思ったようにいかないことも多いです。逆に、思ったようにいかないところが面白いというか。毎回わくわく感がありますね。
■町田には長く住まれているそうですが。
神津島に2年間移住した期間を除き、町田には10歳の頃からずっと住んでいます。子どもの頃は、町田駅前に商店街や駄菓子屋さんとかがあって、今みたいにビルが並んでいるイメージはなかったですね。町田に住んでいる時も自然はずっと身近にあって、もちろん神津島ほどの自然の豊かさはありませんが、街路樹とか、道端に生えている草花とか、風の通り道とか、そういう日常の中のちょっとした自然を大事にすることが大切なのかなと思っています。
■町田のおすすめスポットを教えてください。
成瀬台にあるハム専門店「独逸屋」のコンビーフとハンバーグが好きです。ハンバーグは滅多に出ないのですがとっても美味しいです!あとは成瀬駅前にあるパン屋「ブラウニー」が大好き!高校生の頃から通っています。町田駅前の馬肉料理専門店「柿島屋」はちょっと特別な日のご褒美として行きます。お鍋もお酒も美味しいです。
■今回の展示タイトル「風に聞いて」とはどういう意味ですか。
辞書を引きながら展示のタイトルを考えていた時に、「風に聞く」が「風の便り」と同じ意味を持つことを知りました。今、コロナ禍で人とあまり会えない中、ちょっとしたメールやお手紙を貰ったりすることにとても助けられたり元気付けられたりしました。そういうつながりを大切にできたら良いなと思い、今回のタイトルを「風に聞いて」と名付けました。今回特別イベントとして開催する、作品版木を和紙にクレヨンでフロッタージュ(*3)して、封筒を作るワークショップも展示タイトルから来ていて、是非作った封筒をお便りと一緒に身近な人へ届けていただければと思っています。
*3フロッタージュとは…凹凸のあるものの上に紙を置き、鉛筆やクレヨンなどの描画材でこするように描くことで、対象の凹凸や形状を写し取る技法。
■今後挑戦して行きたいことはありますか。
最近は半立体の作品も制作していて、今回、木版画を使った張子作品も展示します。木版画を様々な形で表現していくことにチャレンジしたいですね。また、ワークショップで実際に版画の魅力を伝えられる機会も増やしていきたいと思っています。
■来場者の方へのメッセージをどうぞ。
ここ数年、地元の町田や相模原で発表させていただける事が多くて、これまでの活動や作品をまとめてお見せできる機会になると思います。お世話になった方々や見に来ていただける方々に感謝の気持ちを込めて開催したいと思います。是非、遊びにいらしてください。
庄司光里 プロフィール
町田市在住。1999年多摩美術大学大学院修了。すどう美術館にて美術館賞受賞個展。2013年町田市立国際版画美術館の「町田ゆかりの作家展」に出品。近年なるせ美術座にて個展。他、各地で出品展示。
パリコレッ!ギャラリー vol.7
庄司光里「風に聞いて」
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アーティストの月イチアート展シリーズ第7弾!
町田市在住のアーティスト庄司光里の展示会。日々生まれる出逢いの断片や記憶のつながりを紡いだ形を、風や樹、鳥にして表現した。一版彫り進めの技法で水性多色刷り木版画と、それを使った張子作品などを展示する。新作「風のたより」に関連した版木のフロッタージュによる封筒のワークショップも開催。
日付:2021年3月30日(火)〜4月5日(月)
時間:11:00〜18:00
※最終日は17:00まで
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