<現代美術家・黒岩まゆさん>
パリコレッ!芸術祭2020『赫き(かがやき)の記憶』は、町田が誇る女性作家が共演する二人展です。
時代裂キルト作家・つるた聰子さんと、現代美術家・黒岩まゆさんのお二人を迎え、ジャンル・世代を超えた共演がついに実現!今、最も注目すべき、ふたりの女性作家が紡ぐ「記憶」とは。
布で生み出される作品の数々、その表現とアーティスト自身の魅力に迫ります。
今回は現代芸術家・黒岩まゆさんにお話しを伺いました。
■どんな子どもでしたか?学生の頃のエピソードを教えてください。
勉強は好きではなかったですが、とにかく図工が好きでしたね。本よりも絵がある漫画が好きで、手塚治虫の作品・火の鳥、ブラック・ジャック、ブッダといった人間性を描いているものがとくに好きで何回も読みました。
中学高校時代は一番暗くて、気持ちがグレてるというか(笑)自分の“なにか”が全然わからない思春期でした。授業をさぼって公園で知らないおじさんと話したり、マックいったり。友達も本音じゃないし、先生も好きじゃなかったし、学校はルールの中でやらなければいけないから苦しかったですね。当時はなにかをしたいという自己表現の手段がファッションで、髪を赤く染めたり、黄色いタイツを履いたり、ずいぶん奇抜な恰好をしていました。
■現在の芸術の道を選んだきっかけはいつ頃ですか?
高校生の時の担任の先生が、たまたま美術の先生と仲良しで、「あの子は美大に向いている」と私の個性をおもしろがってくれて、その先生の勧めで町田デザイン専門学校を見学に行ったのがきっかけです。その先生は今でも個展を見にきてくれています。ファッションも好きだったので、服飾の学校も迷ったんですが、洋裁はミリ単位の作業と聞いて、自分には性にあわないと思い、何にも縛られず自由に表現できるデザインの方へ進みました。町田との関わりはそこからですね。町田のローカルで都会すぎないところがいいなと思い、町田の学校にすぐに決めました。専門学校生活は好きなことをする日々で楽しかったですね。
■卒業後から現在の芸術家になるまでには、どのような道のりでしたか。
専門学校を卒業すると、大体デザイナーや出版の会社に勤める人が多いのですが、私は自分が会社に通う姿が想像できなくて就職はしませんでした。まずは色んな人に作品を見てもらおうと、20代前半は様々なイベントに出展をしていました。いろんな人と知り合うことが楽しかったですね。デザインフェスタ(*1)では、3人の作家さんと一緒にメインビジュアルを担当したこともあります。イベントでの出会いをきっかけに、絵の依頼を頂いたりと徐々にイラストレーターとしてのお仕事へと繋がっていきました。
しかし、20代後半くらいになると段々とイラストレーターとしての仕事が窮屈に感じ悩み始めるようになりました。お仕事となると様々な制約があり、クライアント側の好みに合わせた表情や色彩など、自分がしたい表現を抑えなければならなくて苦しみました。縛りを取っ払ったなかで自分の好きなように創りたいと思い、アートの世界に行くしかないと思うようになりました。
(*1)デザインフェスタ…東京で開催されるアジア最大級の国際的アートイベント。
■現在はギャラリーをお持ちですが、いつ頃から始めたんですか?
ちょうど5年前くらいに、陶芸作家の友達が藤野の陶器市に呼んでくれて、ふじのアートヴィレッジという場所を知りました。藤野には、音楽家や絵本作家、ベテラン建築家などジャンルを超えた様々な作家さんが住んでいるのですが、みなさん年齢も関係なく好きなことをやっていて、私ももっと自由にやっていきたいとより思うようになりました。ちょうどアートヴィレッジのコンテナに空きがあったので、すぐに決め、そこで多くのことを学ばせていただき、現在のステップとなりました。
■近年コンペで入賞など現代芸術家として活躍されていますが、どのようにキャリアを積みましたか?
最初はどうしたらいいのか全くわからず、まずはいいなと思う作家さんの活動履歴をみて、出展されているコンペに自分もチャレンジしたり、そういう地道なところから始めました。良い結果がだせると、関係者からギャラリー出展のお話を頂いたりして徐々に繋がってきました。コンペは、大体400~500人の中から20~30人が通るような狭き門で、芸術家を目指す人や美大で専門的な勉強をしてきた人もいます。その中でチャレンジするのはとても厳しく、まだまだチャレンジの途中で、作品は売れるだろうか、またギャラリーに声をかけてもらえるだろうかなど、プレッシャーといつも戦っています。新たな挑戦は苦しいですが、イラストレーターをしていた時よりもやり甲斐は感じています。苦しさの根底には創ることの喜びがあり、でも目標が高いから怖くなるんだと思います。ちゃんと知名度のある作家でいたいですし、ちゃんと食べていけるように成功もしたい。アートの世界はメンタルの強さとストイックさがかなり大事だなと思います。一人だったらとても厳しくて、傍でサポートしてくれる主人の存在があるからこそ、私はここまでできるんだと思います。
■誰でも発信しやすい時代となりましたが、芸術家としてどう感じていますか?
今は作家によるSNSの発信力もすごい時代ですね。得意を全面にだしたり、作家自身を上手に売り込んだり。私はそういう分野が不器用なので、戦略的で器用にできる人たちはすごくうらやましく思います。作品さえ良ければ、その作り手の人間がすごく内気でおしゃべりが全然だめでも認めてもらえるだろうと信じていましたけど、やっぱり今の時代はSNSやネットも大事だと感じます。苦手ながら頑張っていた時もあったんですが、結局無理やり背伸びしていて、そっちに時間やエネルギーをとられて肝心の作る方がおざなりになってしまいました。今は主人のサポートや、ギャラリーなど運営をやってくれる人たちがいることでやっと自由に楽しくなれてありがたいと思っています。作家というのは、絶対ひとりでは成り立たなくて、ギャラリーやイベントなど見せる場がないと創っていても意味ないと思います。
■ここ数年立体作品が多いですが、立体に興味を持ったのはなぜですか。
元々布を使ったクラフト雑貨っぽい人形は作っていたのですが、人形展を見に行き始めてから、人形の世界は意外と自由で様々な造りや表現があると知り、どの枠にも当てはまらないものを作ってみたいと思うようになりました。もっと作り込んだものだったり、異素材を組み合わせたものだったり、アート性を持たせたものが作りたくて、人形の造形教室なんかもありますが、あえて自己流で本当に自由なやり方で作っています。サイズもよくある大きさではなく、より大きくした方がおもしろいんじゃないかとか、いつも逆をいきたくなりますね。今回の新作は今まで作った中でも一番大きい人形ですが、次はさらに進化させて人間の標準サイズを超えた大きさにチャレンジしたいです。あと人形劇のように動かせたら楽しいなとも思います。
立体作品は素材が無限で後ろも前もあって、自由に表現できるのが平面にはないおもしろさですね。今は半立体というのも制作していて、5㎜厚の板を電鋸で好きにカットし、それに布を張って、中に綿を詰めていくのですが、人形でもなくて絵でもないスタイルです。最近は「漫喜利-MANGIRI」という作品で“喜怒哀楽”を4コマで楽しく作りました。
■立体作品で特に思い入れの強い作品はありますか?
3年前に制作したKOBUという人型作品があるのですが、コンペで通り始めた時期の突破口になった作品です。以前も人の形をした作品はありましたが、KOBUはひざに顔を付けたりと、今までの作品よりもアート要素が強く、自由に表現し始めたきっかけの作品になります。ちょうど作家としてスランプの頃で、作っていてなにか違うと感じ、あえて顔や手をおかしな位置につけて作りました。人間が持っているエネルギー=生命力を表現していて、『KOBU』というタイトルには、前向きのエネルギーを人に与えたいという“鼓舞”の意味があり、また身体に付いたいろんな装飾が“コブ”のようにも見えるので、そのようにタイトルを付けました。この作品は、当時のやり方で重心も甘いですけれど、それでも足の裏は留めてなくて、しっかりバランスをとっていて自立しています。
■黒岩さんの作品は独特の世界観がありますが、作品を通して表現したいものは?
私の作品は奇抜とかグロテスクとよく言われますが、自分の中にネガティブや自信のない面があり、それは無理にポジティブになれなくて自分は自分でしかないからこそ、こういう作品を創作ができていると思います。
全ては相反するもので成り立っていて、例えば太陽と月、生と死、そういう相反するものや、人間の感情などをテーマに作品を作っています。今回、疫病みたいなもので人が亡くなったりして、なんとも言えない気持ちになっていて、でも人はなんとか立ち向かおうとして生きようとする、そういう強さを表現できたらいいなと思っています。人間ひとりひとりが持っている良さ、個々の内に秘める魅力に“赫き”という言葉を使いたいですね。
■今回の新作はどのようなイメージで作りましたか?
新作は、曼荼羅(*2)の中心にいる大日如来のイメージで作りました。曼荼羅の本を読んでいたら、ポーズや表情など全てに意味があることや、大仏の絵は宇宙やそれを取り囲むバランスを表していたり、知れば知るほど興味が湧きました。仏像って顔も意外とデフォルメがすごくて、私にはキャラクターのように見えるんです。千手観音の頭に顔がついていたり、そういう所から斬新なアイディアをもらいます。
仏像も人型なので、自分の創っている人形の世界と仏像の世界をリンクさせたらおもしろいと思いました。日本の特有のものを自分の作品を通し現代風に表現したく、大仏という昔からある古いものに、宇宙の未来的な要素を取り込んで懐かしさと新しさのある存在にしました。
また始めから大日如来イメージで作り始めたわけではなく、作っていくうちに大日如来のような穏やかな表情にイメージが固まっていきました。ちょうどコロナの自粛中に制作していたので、世の中で起きていることが信じられなくて、いろんな願いや祈りが込められたからだと思います。他にできることもなく、ただ作るしかない。作家というのを改めて思い知らされたように感じます。
(*2)曼荼羅…仏教の中で特に密教の教えである仏の世界観を絵にしたもの。
■新作のタイトルは?
実はまだ決まっていないです。何かを忠実に作るのではなく、自由に作っていって後から自分なりの意味や役割をもたせてもいいと思っています。ただアートの世界はどうしてもコンセプトが重要なので、意味を持たせたいと思った時、仏像とうまくリンクさせたいなと思いました。
テーマから作品を創るタイプの人もいますが、私の場合は意外と始めに意味はなく、基本的にはおもしろいものを創りたいと思っていて、見たことのない衝動的なおもしろい形があれば使いたい。布だったら金属など相反する異素材の組み合わせをしたいですし、可愛らしいとイメージされやすいものには、あえて切れ端や破けた状態のものを重ねてみたり、糸くずをそのまま捨てずに使ってみたり。きちんとした材料を買ってきて使うというよりは、道で拾った石とか海で拾った貝殻など、そういう廃材などで作る方が好きですね。
■制作期間と工程を詳しく教えてください。
立体作品はいつも大体一ヶ月くらいで作りあげるのですが、新作は2か月以上かかりました。基本的にラフはなく、まず重心になる脚の部分から上に向かって作ってゆきます。台作りにかなり時間がかかり、金属の鉛のようなものを脚にみたて、竹ひごなどで骨組みを作り、紙など固めたもので肉付け、さらにシート状の綿を巻き付けます。別に粘土で作った顔をつけて、最後に装飾してと、すべて自己流でやっています。いつも時間はあるようでないですね。やり直したり、付け加えたり、それを繰り返しながら全然終わらないなぁと思いながら作っています。創ることが好きで見せたい欲もある、だけど怖い、そういった相反する感情が襲うので、創作は楽しいだけじゃなく、不安と創作の喜びが入り混じった何ともいえない状態です。
■今回キルト作家・つるた聰子さんとの二人展ですが、つるたさんの印象について教えてください。
つるたさんの作品はもちろんですが、人柄がとても素敵な方ですね。先日工房に遊びに行ったのですが、海外に行った時の事やアートについてたくさんお話を伺いました。作家としても素敵ですが、1エンターテナーという感じで、本当にお話を聞いているだけで楽しいです。お幾つになっても創作の力がすごく、『狂ったように作っているわよ。』とご本人が話されるように、創作に対していい意味で凄くアグレッシブで、そしてすごく好奇心があるんだと思います。作品数からもつるたさんのパワーは年齢を超越したところにあると感じました。使用される時代裂の意味や色彩についても、詳しくご説明していただきました。私は衝動的に作るのでつるたさんとは逆のタイプなんですが、布という共通しているところがあるので、一緒に展示をできるのはすごく楽しみです。
■今後の展望など教えてください。
まだまだ全然創り足りなくて、もっともっと作品を進化させていきたいです。やっぱり芸術っていうのは見たことのない新しいもので、良くも悪くも異様で常識にとらわれないような表現をしたいですね。きれいとかそういうものだけじゃなくて、不気味だったり、異様さの中の美しさだったり。これは〇〇っぽいではなく、自分にしかだせないものを創りたいというのがいつもあります。
今後は海外へも積極的に活動の幅を広げていきたいと思っています。純粋に、アーティストとして、日本に留まるだけでは嫌だし、色んなところで展示されるような名の知れた作家になりたいです。以前は、海外に積極的にいく強さがなかったのですが、今は自分が伝えることが苦手だからこそ内に秘め、表現する作品が私の代わりにしゃべってくれると思えるようになりました。海外に繋がるようなきっかけになればと思い、今は仏像とかそういう日本要素を取り入れた作品を意識して作っています。
■黒岩さんにとって、アートはどういう存在ですか。
アートっていうと「詳しくないし、知らない」と言う人が多いですが、もっと海外のように身近に見に行ってほしいですね。今回のコロナのような状況下では、アートは必需品というものではないですが、こういう時だからこそ、美しいものや不思議なもの、見たことないものを見たときに、現実とは違った創造する世界からエネルギーを感じてもらえると思います。作品画像では伝わらない、現物ならではの作品の凄さとエネルギーを直接見て感じてほしいです。
戦争中の絵画を見ていても感じますが、とても平和とは言えない時代だからこそ、作家は良いものが生み出せると信じています。作品を通して、少しでも見る人が元気になったらいいなと思います。気力がしっかり元気にならないと、どこまでも鬱々としちゃうと思うので、少しでも前向きな気持ちになってもらえれば。
■来場者へのメッセージ
2020年の今年、大きな出来事が起こり、作家には何が出来るのだろうかと考える時間が多くなりました。
芸術、アートは人に直接的に何かをすることはありませんが、作品を見たことで、見る前と見た後では少しだけ世界の見方が変わったり、何らかの気持ちに変化をもたらす力があると信じています。是非、足を運んでいただけたら幸いです。
黒岩まゆ プロフィール
神奈川県在住。町田デザイン専門学校卒業。
平面や立体、インスタレーションなど様々な手法で、独特な色彩と多国籍で不思議な世界観を創作する現代美術家。絵本作家としても活動。独特の世界観と鮮やかな色彩で、不思議で怪しい魅力的な作品を創作している。BSフジ『ブレイク前夜~次世代の芸術家たち~』に出演。東京都美術館「AJCクリエイターズコンテスト」で銀賞受賞。相模原市・藤野にある「ふじのアートヴィレッジ」にて自身のギャラリーを運営。町田パリオ、渋谷ヒカリエ、GINZA SIX等で数多くの展示を行うほか、美術誌に作品が掲載されるなど、幅広い活動を行っている。
http://mayumooja.com
パリコレッ!芸術祭2020
時代裂キルト作家・つるた聰子
× 現代美術家・黒岩まゆ
「赫きの記憶」
今、最も注目すべき、ふたりの女性作家が布で魅せる煌めきの世界
布から生みだされる新たな命...
生命、大地、時、宿命、魂、歴史...
記憶をたどり紡がれた色彩豊かな作品の数々を一挙公開!
日付:2020年10月17日(土)〜11月1日(日)
会場:町田パリオ4Fパリオフィールド
入場料:¥500(税込)