町田市在住のイラストレーター:本田 亮インタビュー

開催:2017年11月24日

個展「町田稲荷の狛狐 at パリオ」にむけて

12月1日から始まる本田 亮さんの個展に向けてお話を伺いました。
町田のこと、狛狐のこと、本田さんのこと。町田の今昔を描いた作品について伺いながら、町田話がふくらみました。

ー今回の展示はどのような内容になりますか?

「町田稲荷の狛狐 at パリオ」は、3月、4月に東急ツインズさんで開催した展示の巡回展になります。町田稲荷という小さな地元の神社の狛狐が、十年に一度人間に化けて、町田の街を散歩する、というお話です。散歩しながら昔の風景を思い返す、という構成なので、町田の今昔を楽しめる内容になっています。絵の中では現代の部分をカラーで、過去の部分を白黒に塗り分けています。

この作品では、町田の街を狛狐たちの視点で見ていく、という部分が物語の主軸になっています。狛狐は神社の守り神のような存在ですが、だからと言って作中では偉そうなキャラクターにはしたくなかったので、どこの国にでもいそうな、小さな双子の子供を狛狐に見立てて、絵を描き進めました。
あくまで、町田の市民と似たような敷居の存在にしたかったんです。なので、最初は狐の尻尾もこの子達には付けるつもりがなかったんですが、ロゴなどを担当してくれたデザイナーに「尻尾はあったほうがいい」と言われてそれで今のキャラクターになりました。尻尾は付けてよかったと思っています。

ーこの作品を描いたきっかけは?

前回は東急ツインズさんが会場でしたので、それを前提にアイデアを練りました。
ツインズは直訳すると「双子」という意味があるので、当初は双子の子供をテーマに絵を描こうと考えていたんですが、普通の子供より二人一組で馴染みのある狛狐が頭に浮かび、ならば町田稲荷にしよう、となりました。

町田稲荷は小田急線町田駅に隣接しているとても可愛らしい神社で、歩いていても見過ごしてしまうくらい小さいのですが、参拝している人を度々見かけたので、地元の人には大事な場所なことが窺えました。
そんな場所に住まう狛狐ならばきっと町田のこともよく知っているのだろうと。
そういう想像から、町田の軌跡と狛狐を組み合わせることを思いつきました。
狛狐に行き着く前までは、ただ双子の子供が町田を散歩して、という軽いストーリーでしたが、そこに狛狐という街を見守る存在が現れたことで、彼らの視点で街を描く場合、どういう内容を自分は描きたいのだろう、と考える様になりました。
街は、お買い物ができて楽しいところ、というだけの場所ではない筈だ、と思いました。若者か年長者かによっても、街の見方は違います。昔の町田の白黒写真を見ても、私や私より若い世代は、その古い写真と今の町田を繋ぐ架け橋のようなものがありません。
また、街の歴史を知るきっかけというのもなかなか日常にありません。
でもイラストでなら、今と昔を繋げて表現できるのではないか、と思いました。
カラーの絵の中に白黒の風景を取り入れることで、若い人も、昔から町田で生活してきた人も、楽しめるんじゃないかと思ったんです。

ー本田さんが町田で活動している理由はなんですか?

以前は、町田よりも都心の方に目が向いていました。
東京で絵の仕事をしているのなら、表参道、南青山、渋谷、神保町など、ギャラリーや書店の多い魅力的な場所は沢山あります。
そういう魅力的な場所で活動することに価値があるのでは、とも思っていました。

ただその反面、自分が一番時間を過ごしている町田については何も知らないことに気づきました。
遠くを見すぎるあまり、近くにいる人たちにさえ、自分のことを知ってもらえてない状況が勿体なく感じました。住んでいるのなら、その地域の人たちに知ってもらいたい、その為には自分も街のことを知らなければ、と思うようになったのです。
何も変化が無かった町は存在しないと思いますが、町田も紐解いていくと、いろんなことがあった街なんですよね。
昭和の町田の写真集を開いてみると、興味を引く街の歴史をたくさん見ることができます。それで、町田を知るということは、面白いかもしれないと気付いたんです。

あと、自分が大好きな名古屋のバンドがきっかけのひとつではありました。
レミ街、というバンドなんですが、彼らは素晴らしい音を表現していて、アルバムのアートワークも本当に素敵なんですが、なかなか東京に来てくれなくて。どうしてなんだろう、と不思議だったんですが、彼らはきっと地元名古屋との繋がりを大事に大事に活動されていたんですね。
そういうアーティストの存在も、私に活動の場を考えるきっかけにはなっていると思います。

ー今回の展示のポスター絵には懐かしい駆け足通りの様子が描かれていますね。
この頃は、クレープ屋さんの手前あたりに牛乳スタンドがあったのですか?

そう、今のクレープ屋さんはこの頃の牛乳スタンドよりももっと奥にありました。
この通りって今よりももっと長かったんですよね。
僕も最初は牛乳スタンドのところがクレープ屋さんだと思っていました。
似ているのでみんなそう思っちゃいますよね。
この隣には交番があって、バス通りやタクシー乗り場もあったんですよ。

ーこの奥に見える仲見世商店街は、前回の展示でも描かれていましたね。

はい、仲見世商店街は今の町田の一番のホットスポットだと思っています。
戦後の激動の時代から現在に至るまでずっとこの街に在った場所ですから、これからもずっと町田に残して欲しい場所です。
今は飲食店が多くなりましたが、当時は並べた先から物が売れていく時代で、「満員電車みたい」と言われるくらいの賑わいだったそうです。
今でいうスーパーマーケットの役割があの商店街だったのでしょうね。

ー様々な時代の写真をご覧になられたと思いますが、作品を描くにあたってはどのように選ばれたのですか?

やはり今昔を表現することが大事なので、今と違った風景を見て楽しめるランドマークを優先して描いています。
特定の年代の写真がたくさん残っているわけではないので、時代が前後してしまうことはありますが、個人的にはあまりそこは気にしていません。
僕が思う、昔の町田の平均的な風景を描いているという感じなんです。

ー作品で映画館も描かれていますが、町田に映画館があったことを知っている人は少ないのではないでしょうか?

昔の町田の写真集を見ていると、この街にも昔は色々な映画館があったことがわかります。特にマルカワ横にある東京三菱UFJの前身の映画館の頃の写真を見つけた時はびっくりしましたね。
その映画館を絵に描きたかったので、ネットで更に資料を探していたら、Flickr※1で当時日本に滞在されていたアメリカ兵の方の写真に行き当たりました。
当時の東京や横浜周辺のいろんな写真を投稿されていて、当時の日本人だったら撮らないだろうなという記録を、外国人の視点で撮っていたんです。その写真の中にマルカワ横の映画館も写ってたんです。
白黒写真でしか見たことのない風景が、カラー写真で見れたことには感動しました。
※1・Flickr:写真共有サイト

ー春に開催した展示のときにお客様から頂いたメッセージでは、次はここを描いてほしいというリクエストはありましたか?

絵を見てくれた方々からはたくさんのメッセージを頂きました。
その中には思いが溢れるようなメッセージも多くて、「こんなところがあった、あんなところがあった」と書いて下さった方がいらっしゃいました。国鉄原町田駅近くにあった大関そばも「美味しかったんですよ」と教えてくれた方がいました。
そんな個人個人の思い出が詰まったメッセージが本当に多くて、リクエストというわけではないですが、僕にとっては制作する上で重要な情報になりました。

ー今回、新しく描くところは?

町田市民文学館のあたりや、国鉄原町田駅も描く予定です。
今描いているのは、吉川百貨店です。今ぽっぽ町田があるところですね。
吉川百貨店は当時、町田で最初にエスカレーターを導入した一番大きな百貨店だったので、是非絵に描いておきたかったんですが、百貨店の入り口の部分が、この資料写真だと真っ黒でよくわからないんですよ。そこで、Twitterで「写真お持ちの方いますか?」と呟いてみたところ、仲見世商店街の方のご縁で、吉川百貨店の吉川さんご本人にお会いすることができました。
吉川さんには当時の店内の様子も含めた、数多くの写真を見せて頂きましたが、その中に1枚だけ、お店の外見がしっかり映ったものがありました。
見つけた時は、その場にいたみんなで喜んだのを覚えています。

この様に、人に尋ねて歩き回っていると、求めていた一枚に巡り会えることがあります。その一枚で描けるのは小さなものかもしれないけど、こういうテーマなので嘘も想像もあまり描きたくない。当時の暮らしの様子を描きたいんです。 その為に写真というものは本当に貴重です。

ー町田稲荷についても、新たに調べ直されたそうですね。

町田稲荷の狛狐は何十年も何百年も、町田の地域を見守ってきた、というストーリーを当たり前のように作ってしまったのですが、そこに説得力がないといけないと思い、今更になって町田稲荷について調べました。

町田稲荷は、現在では小田急線を守護するお稲荷さんとして祀られているようです。
小田急デパートが今のように大きくなった1960年頃、ロマンスカーの登場によって小田急線が拡張されました。
その際、小田急沿線に祀られていた稲荷や神社をなくしてしまうわけにはいかないということで、御霊をどこかに集結させることになり、それが町田稲荷だったとのことです。
毎年8月24日に、正午祭というお祓いが町田天満宮によって行われているそうで、その時には小田急関係者の方々もお参りに来るそうですよ。

結果として、地域一帯の稲荷神社の歴史を引き継いでいて、地元の方々にも大切にされていたということがわかり、僕のストーリーと史実がそこまで矛盾してないことに胸を撫で下ろしています。

でもそれよりも大切に思うことは、今あの場所にある稲荷さんを見た時に、なんとなく惹かれるものがあったということです。
狛狐のいる小さな神社が街の一角に残っているということに愛おしさを感じます。

ー作品の中で狛狐のひとりは笑っていて、ひとりは無表情なことに気付きました。

その通りです。赤い靴の子は無表情で冷静、青い靴の子は笑っています。
これには「街の発展は一長一短だ」という意味を込めています。
この狐たちにとってここは自分の街なんです、
そんな意識が狐たちにあるかどうか分からないけれど。
お話の設定上、狐たちは十年に一度しか目が覚めないことになっているので、久しぶりに街を歩くことで街が様変わりしたことに気付きます。
その時に「変わってよかったね」と思うことも「前の方がよかったね」と思うこともあるはず。そんな気持ちは誰でも抱くと思うんです。

ー12月5日には、まほろ座で「町田稲荷の狛狐〜夜と狐と町の歌〜」が開催されますね。どんな内容ですか?
 
前回、東急ツインズさんで展示をさせていただいた時から、ライブに出演される福原希己江さんに是非この展示の歌を作っていただきたいと思ってました。
福原さんは以前から仲良くさせて頂いてますが、綺麗な声で、なんだか文化の香りがする気がしたんです。
そこで今回の個展期間中の12月5日に、福原さんや町田で活躍されているアーティストの方々と一緒にライブイベントを企画できれば、と考えたのがきっかけでした。
それを是非町田市の人たちにも見ていただこう、と。
福原さんには展示内容から連想して頂いて、「町田稲荷の狛狐」という歌を作っていただくことになりました。

一組目の小浜里砂さんは、町田出身のアーティストということでパリオさんからもお薦め頂いて、楽曲を聴いてぜひとお願いしました。
二組目のSHIWASU clubさんは、鶴川団地のセントラル商店街にある「夜もすがら骨董店」のご主人のバンドです。ライブ感のある演奏が好みということもありますが、ご夫婦の人柄に惹かれて出演をお願いしました。
そして最後に、福原さんと、田村仁良さんのおふたりに演奏をして頂きます。

今回のライブは、音楽の演奏だけではなく、イラストがひとつの演出になる予定です。ライブに出演してくださるアーティストから連想する「町田の場所」を描き下ろしています。他にも、アニメーターの若井麻奈美さんによるライブ用のオープニングアニメも作成しています。若井さんには2015年に市役所で行った「町田タンデム」という個展でもオープニングアニメを制作して頂きました。

狛狐たちが出逢った「もうひとつの物語」を楽しんでいただければと思います。

ーこれからの展望について教えてください。

現在、「町田稲荷の狛狐」の全編をアニメーションにしようと計画しています。
今回の展示のような絵を描くと、いかに当時の資料が貴重なものなのかとしみじみ思います。先ほどの吉川百貨店の例もそうですが、仲見世商店街の昔の内部の写真は、町田中探したのに結局一枚も見つかりませんでした。(お持ちの方ご連絡ください!)

昔の写真を探していると本当によく、タイムマシンが欲しい!と思います。
タイムマシンで行きたい場所や時間に自由に移動して、そして写真を撮って絵に描ければどれほど楽しいだろうと思います。

タイムマシンはありませんが、その代わり、町田の多くの親切な人たちのおかげで、多くの資料を揃えることができています。
図書館の司書の方をはじめ、自由民権資料館や文学館、もちろん町内会の方々にも大変お世話になってます。
白黒写真の中の文字が読み取れ無い時は、乾物屋「柾屋」のおばあちゃんに聞きに行くわけです。すると私が何時間もわからず悩んでいたことを3秒くらいで教えてくれて、街の移り変わりを時系列に教えてくれるんです。写真よりも大事なのは人の記憶なんだな、とつくづく思います。

私はそういった資料や人の記憶などを頼りに絵を描いているので、その昔の風景をこの目で見てみたい、と感じるのが人一倍強いのかもしれません。
でも、白黒の当時の風景が動き出したら感動すると思うんです。
昔の生活に息吹を感じることができたら、今後を考える上でも何か意味があるんじゃないか、長く見てもらえるだけの価値があるんじゃないか、と。

11月20日、個展開催会場であるパリオ3階のギャラリーにて、
町田市民文学館の今と昔を描いた本田亮さんの作品に、
町田市在住の絵本作家:中垣ゆたかさんのペンが入りました。

中垣さんのペンの速さに驚いていた本田さんの言葉が印象的でした。
「文学館の絵に中垣さんの絵が入っていることが僕にはしっくりきます」

本田亮さんの個展は3Fフリースタジオ・パリオにて
12月1日〜16日まで開催されます。
作品を通して、昔と今の風景を狛狐たちと一緒に眺め歩けば、
きっとこれからの町田のことを夢見ることもできますね。
ぜひ足を運んでみてください。

<文:北村友宏>