町田で月イチでアートが楽しめる「パリコレッ!ギャラリー」第31弾は、
日本画材を用いながら様々な形態をした「生き物」を描いている美術作家:小林大悟さんの個展を開催します。
本展では日本とメキシコ双方の考古物、民芸品から得たイメージを広げながら、
描いた絵やドローイングを展示します。日本画を体験することができるワークショップも開催予定。
小林さんに作品制作についてのお話や、メキシコ滞在のエピソード
今展示の見どころなど、様々なお話を伺いました。
◾️小林さんが日本画材で作品を描かれるようになったきっかけを教えてください
通っていた高校が美術科のある学校で、デザイン・アート系など、専攻が分かれるシステムだったんです。その中で一番しっくりきたのが日本画だったので、大学では日本画学科に進もうと決めました。また、美術大学の受験では写実的なデッサンを勉強する必要があって、当時はデッサン力というものに憧れを持っていて、日本画専攻に入るための勉強をすれば絵が上手くなるのではないかという邪な理由もありましたね。
◾️小林さんは、ユーモラスで愛らしい不思議な生き物をたくさん描かれていますが、そのような表現をされるようになったきっかけを教えてください
僕は、モチーフに対するこだわりは強くはなくて、大学1、2年生の時の授業では毎回課題が与えられて花や風景、動物などを描いたのですが、動物が好きだから描きたいというのとはちょっと違って、描くものは定まっていませんでした。生き物のような形が絵の中に浮かび上がることが多くなってきて、そこから実在空想問わず生き物を描くようになっていきました。動物は一番親しみがありつつ、僕はあまり日常では触れない存在なので、その距離感が自分の作品の表現の中では丁度いいのかもしれません。
◾️小林さんの作品は、生き物の造形が不思議な印象を受けますが、アイデアなどは日々描きためているのですか?
大学の課題で大きな絵を描いた時は、いつも余った小さいパネルに落書きを描いていたんですが、今作っている僕の作品はその時のものとあまり変わらない作風かと思います。その落書きは大学教授には見せず、自分だけで描いて楽しむものでした。それを同級生の子が欲しがったらあげたりしていて、大きい作品を頑張る自分と、一生懸命描いた後にリラックスして落書きを描く自分が常に両方ありましたね。
僕は、絵を決めて進めることはほとんどなくて、今回の展示作品も、途中までは何も考えず落書きのように絵の具をただ乗せて、仕上げに入っている作品で出た余った絵の具で、別のまだ手をつけていない作品に塗ってみたり。一枚完成したら、その次は、余りの絵の具を塗った作品をどうしようか考えて、それをメモの中で「こんな風にしようか」と考えたり、イメージが浮かばなければ、もう一度絵の具遊びをやってみたりしています。
かなり古い作品の上に、絵の具をかけて全然違う作品にしてしまうことがあります。今回の展示のフライヤーの絵も、元々描いたのは5年前くらいで、別個展のDMにもした絵です。その時は完成したものとして出しているのですが、時間を置いて見ると、全然違う絵をまた再構築して、続きを描くことが多いんです。今回の絵もまさにそうで、今まで仕舞い込んで、かといって好きにもならない中途半端な距離感だったんですが、今回メキシコに行った経験を経て、改めて手を加えたことで別の完成形が見えて、今回のフライヤーの絵に良いのではという仕上がりになりました。
◾️今回の展示タイトル「ハポン イ メヒコ」の意味を教えてください。
すごく簡単なスペイン語で「日本とメキシコ」という意味です。昨年メキシコにショートステイしたのですが、メキシコに行くまでは、「メキシコ」の発音が「メヒコ」とは認識していなかったし、「日本」の発音も「ハポン」というのは知りませんでした。スペイン語の文法は今も全然できないんですが、発音が割と読んだ通りでできるので、それが英語よりもある意味話しやすいと思いました。格好つけたタイトルをつけてもしょうがないし、とてもシンプルかつ、自分の語学力にも合うようなタイトルがいいかなと思ってつけました。
◾️小林さんは、昨年メキシコに半月ほど滞在されたとのことですが、メキシコに行かれたきっかけと印象に残ったものを教えてください。
僕の仕事先の専門学校がメキシコと交流があり、交換留学の派遣制度で行くことになりました。海外旅行がほぼ初めてで、自分の元々のメキシコに関する情報が、物騒なものばかりだったので、怯えて若干ノイローゼになりながら行きました。僕は、これまでメキシコに対して興味を持っていなかったのが正直なところで、メキシコのマヤ文明の展示も見ましたがあまりピンとこなかったんです。
でも、行ってみたら驚くほど自分の感覚に合っていたのが一番印象的でしたね。木彫りの人形(※1)は日本でも有名ですが、それ以外のあまり紹介されていないような民芸品もたくさん観られて面白かったです。有名な死者の日(※2)も、骸骨のオブジェなど面白かったのですが、それよりも、お土産品や民芸品といった現地の考古物にはものすごく惹かれて、夢中になって写真を撮りました。あとは、現地の人の大らかな雰囲気が明るくて楽しそうで、気負いや無理をしていないのが印象的でした。僕が見たのは、ホテルのフロントで男女の警官が二時間くらい肩を寄せ合ってお昼寝していたり、お店の店員もやる気なさそうに働いてたり、利用する側もそこまでサービスを求めていない雰囲気が良かったです。現地で出会った人にドローイングをプレゼントしていたのですが、絵の道具は本当に必要最低限しか日本から持ってきていなかったんです。現地調達しようにも、メキシコは紙がとても貴重で全然手に入らず、ドローイングを渡せたのは限られた人だけになりました。メキシコに関しては、まだ自分でも整理しきれていない部分があるくらい、じわじわと影響を受けたのを実感しています。
(※1)アレブリヘ - 架空動物をモチーフにした木彫り人形。その昔、メキシコの張り子職人ペドロ・リナーレス氏が重い病を患い、 病気から回復した彼はその奇妙な生き物たちを張り子で製作し、「アレブリヘ」と名付けたのが由来と言われている。
(※2)死者の日 - 死者の日はメキシコの伝統文化、風習。死者を偲びそして感謝し、生きる喜びを分かち合うことを目的としている。毎年11月1日と2日に祝われ、町ではパレードやパーティが開かれ、奇抜なメイクや衣装で歌い踊る。祭壇や墓を飾りつけたり、マリーゴールドや、切り絵の旗、ガイコツ人形などで彩られる。
◾️メキシコでの滞在の中でご自身の作品に影響のあったエピソードを教えてください。
僕はほとんどスペイン語が喋れなかったので、英語を喋れる人や翻訳をしてくれる人とコミュニケーションをとっていました。現地で作品展示をしたり、絵を人にあげたり、現地のアーティストと話したり、色々ありました。自分は今まで日本でしか展示をしたことがなかったので、自分の作品を日本人以外の人が見たときにどう受け止められるかというのは、あまり自信がなかったんです。でも、案外鑑賞者の反応が日本とそんなに変わらなかったという印象が大きかったですね。現地の展示では、ちょっと日本風の物を入れ込んだ作品も作ったのですが、日本らしさの評価というよりは、作品のユーモラスな部分や雰囲気を面白がってくれたので、ある意味自信になりました。表面的な技術とか、スタイルを褒められる以上に、言語や文化が違う人達にも興味を持って楽しんでもらえたというのは結構大きかったです。
◾️メキシコでの滞在を経て、今回の展示ではどのような作品制作をされる予定ですか?
元々、個展の話が決まったのがメキシコに行く前だったので、この展示にメキシコの要素をいれる予定はなかったのですが、帰って来たら入れざるを得ないという気持ちになったところはあります。現地で一番影響を受けた物は、民芸品や考古物など立体が多かったです。最初はそれを真似たものを作ろうかと考えはしたんですが、模倣は自分がやる必要はないなと思って、かといって現地の旅行記みたいな現地スケッチもほとんどしませんでしたし、自分はそういう作品のタイプじゃないからなと思いました。なので、今回は今まで自分が作ってきた作品に、メキシコで見たものを振り返りながら、要素を組み合わせて作品を作ることを意識して作品を制作しています。民芸品に使われている表面的な模様もあれば、そこから自分が受けた抽象的な要素とかも取り入れてますね。なので、100%メキシコ要素のものもないし、100%今までの範疇で制作したものでもないな、という感じですね。
◾️作品を制作する上で好まれているモチーフなどはございますか?
刺激を受けやすいのは、博物館や郷土資料館に置いてあるような、昔の考古物や発掘された物などですね。何かのモチーフを掘っている物が面白い時もあるのですが、それよりも形がちょっと面白いというか、例えば、欠けた土器のパーツ等の朽ちた感じとか、そういうものに惹かれることが多いです。あと、街中のなんてことのないコンクリートのシミなども、影響を受けますね。考古物に興味を持ったのは、大学の卒業制作からです。卒業制作では2枚の作品を制作したんですが、東京国立博物館の1コーナーにシャチホコの原型になった鴟尾というものが展示されていて、それを見てピンと来たものがあって、スケッチしてなんともいえない生き物のような形の物として描きました。もう1枚の作品は、同じ展示フロアにあった陶器で作られた棺で、屋根と丸い円柱の足がたくさんついていて、それが生き物の足みたいに見えて、気になって描きましたね。
◾️日本の民芸品では、大津絵(※3)に魅力を感じられて、町田市立博物館でも展示を拝見されたとのことですが、大津絵の魅力とご自身の作品に共通するような部分はありますか?
大津絵のような民芸、つまり今でいうお土産品として描かれているようなものって、意外に日本画の中で勉強しない分野になるんですよね。自分はそういう大衆的な気を張っていないものに惹かれる部分が多くて、大津絵もそういう意味では、美術館、画廊みたいな特別な空間で見せる出所の美術じゃないもので、そこに更にユーモアがあるというのが大きいかもしれないですね。ただ、大津絵をどういう風に自分の作品に落とすかというところは、まだ悩んでるところです。そっくりにエッセンスだけをとるなんてことはかなり難しいことだと思っています。かといって表面的に美術館で飾られている物の真似をして、掛け軸の大津絵のような物を作ってしまうと、今の時代だと掛け軸はすごく立派な雰囲気が出てしまいます。当時、大津絵が描かれていた紙はそんなにいい紙じゃなかったと思うんです。かといって、コピー用紙に大津絵みたいな物を描いて、それが現代の大津絵ですといっても何か違う。なので、今段階での自分の中の大津絵を消化して、学生時代に町田で展示をみた縁もあるので、今回の町田での展示をきっかけに、自分の中で大津絵というものを振り返ってみて、自分の中の興味を更に深掘っていくことになるかと思います。あとは、大らかさを入れ込んだ作品を作ろうと思っています。
(※3)大津絵 - 大津絵とは、滋賀県大津市で江戸時代初期から名産としてきた民俗絵画で、さまざまな画題を扱っており、東海道を旅する旅人たちの間の土産物・護符 として知られていた。2013年には、町田市立博物館でも館蔵品、大津市歴史博物館のコレクション合わせて100点余りの展覧会を開催した。
◾️小林さんが作品制作の中でこだわっていることはどんなことですか?
はっきりさせすぎないことですかね。よく、作品から物語を感じると感想を頂くのですが、作品を見て人がどう思うかということに興味があって、自分の描いたものを人が全く違った解釈をするのが面白いと思っています。なので気持ちを込めすぎないで、偶然性を入れることを大切にしています。物語を意図的に入れるのなら、僕はそれは絵本制作のほうでやればいいと思っていて、自分の中で切り分けている部分です。絵は、よくわからない要素があって、解釈の余地を作ることを大事にしています。自分で気に入りすぎた作品は実はあまり良くないことが多くて、すごく好きというわけではないけど、なかなかいいじゃんくらいの、程よい距離感で熱い気持ちを込めすぎないようにしています。
◾️小林さんが好きな、影響を受けた作家・アーティストはいますか。
1番好きな作家は元永定正(※4)さんという美術作家です。この人の絵はユーモラスで、ずっとブレずに好きだなと思う作家さんです。晩年になると不思議なキャラクターなども描かれてて、それがとてもいい形をしてるんです。空想の形というわけでもなく、色々な葉っぱのスケッチをしてその中から形に入れ込んだものだったり、元永さんにしか描けない世界を描かれてるところに魅力を感じます。
(※4)元永定正 - 三重県出身の日本の画家、絵本作家、前衛美術作家 として国内外で高い評価を得ており、多数の受賞歴がある。「もけらもけら」「がちゃがちゃどんどん」「ころころころ」などの作品がある。
◾️小林さんは幅広い年代に向けてのワークショップ開催などをされていますが、普段されているアート活動について教えてください。
学生のときからワークショップというものに興味を持っていて、ボランティアやお手伝いに積極的に参加していました。あまり同年代でそういうタイプの人はいなくて、かなり珍しい方だと思います。アーティストや作家さんではない人に向けて、何かをやるとか、一緒に物を作る新鮮さとかがずっと楽しいなと思っています。今は、幅広い年齢の人と美術を通して接していて、全部の内容が日本画を教えているわけではなく、あるときは小さい子向けの工作美術教室をやったり、老人ホームでの活動ですと、僕1人ではなく作家さんと2人でタッグを組んで一緒に考えて、僕はどちらかというと司会進行役をしています。普通作家は、そんなことやらないので、不思議だと思いますが、それも色々なことをやるうちにできるようになってしまいました。美術予備校で中国人留学生にも教えていますが、それは美術用語を使った会話の練習なので、これも直接絵を教えているわけではないです。障がいを持った人向けの活動では、色んな日用品を用意して、自由に一人一人がやりたいようにやろうというようなワークショップをしたり、場所場所で全然違うことをやっています。共通しているのは、みんな美術や工作をキーワードとして、何かをやるというところですかね。かなりまとまりはないと思います。大学卒業後、絵を描く人はアーティスト活動だけに専念するべきで、ワークショップや教える仕事は、時には作品制作の障壁になると色々な人に言われたのですが、僕はどちらも循環させて作品を作りたいし、アイデアに取り入れたり、人が作ってどうなるか見てみたいところもあるし、色々な体験をアート活動や教室でおろすことが自分ではしっくりきています。
◾️会期中開催されるワークショップ「発見!私の日本画制作」の楽しみ方やおすすめポイントを教えてください。
日本画のいいところは、義務教育でほとんどの人が触れていないところです。だからこそ意外に工夫できるところがあるんじゃないかと感じています。僕は、いわゆる日本画教室のような教え方はできない代わりに、日本画のハードルを下げて体験してもらう方向で工夫をしています。日本画はめんどくさい部分も多くて、ただ、工夫できる部分は工夫しつつ、面倒さを楽しめると思っています。デジタルや油絵、水彩や学校で習う絵の具とも違っていて、その距離感がまた面白いと思いますし、参加した方に、その後も日本画を描いて欲しいとは思っていなくて、全く未知の素材を触ることで新しい発見を得て、それを別のことに活かしてほしいと思っています。絵を描いている人ならちょっと日本画の絵の具を混ぜるだけで広がったりもするし、面白がっていただけるように頑張りたいと思っています。
◾️最後にパリオにいらっしゃる来場者の皆様に今回の展示の見どころや伝えたいことがあれば教えてください。
僕は、今回の展示では作る喜びを思い出しながら制作できたことが大きくて、何かを描いて人に見てもらうのももちろんですが、それよりも“何かを作る”ことが楽しいなと最近思い返しています。なので、今回の展示を通して、描いてみたい、作ってみたいという気持ちになってくれたら嬉しいと思います。もっと日常的に、何かを作ることのハードルが下がってほしいです。「なんか楽しそうにやってるな」と思いながら、好きなように見てほしいなと思います。
小林大悟 プロフィール
1990年 東京生まれ
2014年 多摩美術大学日本画専攻卒業
2017年 東京都美術館×東京藝術大学「とびらプロジェクト」3期修了
画家。絵本作家。美術作家。
絵画制作では、日本画材を用いながら様々な形態をした「生き物」を描く。
2023年11月にはメキシコ ベラクルス州立大学美術造形研究所にて個展を開催。
絵本制作では、「言葉と絵とページ」の関係を探りながら
ユーモラスな作品を生み出している。
これまでの出版に 2015「せんのりきゅう(大島絵本館)」
2023「イソポのはなし(アイヌ文化財団)」 がある。
滞在制作、壁画制作、共同制作など、ゆるやかに表現領域を広げる形で活動中。
近年は作家活動の経験と「アートコミュニケーター」としての経験を活かし、
様々な年齢・バックグラウンドの人を対象に
美術ワークショップの企画・実施にも取り組む。