町田で月イチでアートが楽しめる「パリコレッ!ギャラリー」。
第29弾は、漫画家・イラストレーターのネルノダイスキ氏による個展を開催します。
現在はイラストレーションと漫画それぞれの方面で活躍されているネルノダイスキさん。
本展では、過去に制作されていた貴重な立体作品や、幼少期から現在まで、
長らく身近な街として過ごしてきた町田での経験をもとにした作品を展示予定。
これまでの変遷や制作、キャラクターの誕生秘話や町田での思い出など、本展に向けてお話をお伺いしました。
■ネルノさんの作品は、漫画やイラストレーションがとても印象的なのですが、これまでの制作の遍歴を教えてください。
色々変遷はあって、基本的には絵などの平面作品ですが、学生の頃は短編アニメーションを作っていました。卒業後は、しばらくアニメーション関連の仕事を手伝っていたのですが、あまり自分がデジタルの作業が得意ではなかったこともあって、なかなかつらいなぁと感じ始めて。「どこかのタイミングで自分の作品を作らないと気が済まないな」という思いがだんだん強くなってきて、一旦全ての仕事を断って、制作活動に専念する期間を作りました。仕事を辞めたのは良いのですが、急に時間ができたからといってすぐに作品が作れるかと言われるとそうでもなく…「なんかやるぞ!」という気持ちだけが空回っている状態で、しばらく何も作れなかった時期がありました。けれど、ある時に吹っ切れて、どんどん作品を作れるようになって、そのきっかけが今回展示する車の立体作品のシリーズです。もともとコラージュが好きで、色んな物をぐちゃぐちゃくっつけて組み合わせて作っているうちに、コラージュがちょっと出っ張ってきたという印象で、そこに車輪が付いて結果的に車(立体)になった、という感じですね。なので、立体を作ろうと思って作り始めたという意識ではなかったです。それで、しばらく立体作品を作って展示をしていた時期を経て、とあるきっかけで漫画を描き始めたりして、現在は主に漫画やイラストレーションなどの平面作品を中心に作品を作っています。
■独自の世界観の中にも遊び心が感じられるのですが、制作の中で意識していることはありますか?
「遊び」というテーマが昔からあるんですけど、まず、僕自身が見て楽しいものであることが第一なので、「僕はこの色使いやビジュアル、形が面白いと思っているんだけど、みんなはどう?」という気持ちで世に投げています。アイデアは日常から吸収することが多くて、ゼロから作っているわけではないですね。普段の生活の中で“何か自分が引っかかる物”をみつけて、それを何回も見返すのが好きなんです。そうして、なぜ自分がそこに引っ掛かって、どこに興味を持って、どこを面白いと思ったかというのを解体していきます。すると、「これのここの色とこれの組み合わせが面白いと思ったんだな」とか、漠然と引っ掛かっていた物の骨組みが見えてきて、そういうことを繰り返していると、自分でも気付かなかった自分の好みが見えてくるんです。その骨組みをまず理解して、それを自分に置き換えて再解釈して作り直してみると、自分の作品になると思っています。そうして探り探り試行錯誤を続けて、自分の中で納得できるところまでやる、という感じです。
あとは、メモを沢山取るようにしています。日常のくだらないダジャレとか、どうでもいいようなこともすごく書いてストックしていて、アイデアの源泉になっています。僕はメモ帳をちぎってそれぞれを組み合わせてアイデアを練るので、ネタは1ページにひとつだけ書くと決めています。特に新作を描く時は、過去の古いメモ帳も引っ張り出して、「今はこれが描きたいかも」と思えるものが見つかったり、「今だったらこの内容が深められるかも」と思って作ったりします。メモを後になって見返すと、結構大事なことを考えていたんだなぁと思うこともありますね。あとは写真も同じようにストックしています。日常でなんとなく見つけた、言葉にはしづらいけどなんか面白いものを「気になったからとりあえず集めちゃう」っていうのは、結構大事かなと思います。
そうして、自分の好きなように描いてはいるんですけど、鑑賞者や読者の目を全く意識していないかと言われるとそうではなくて、「こういうところを面白がってほしい」とか「ここで驚いてほしい」というポイントはあって、漫画は特に読者を意識していますね。でも、「面白い」ってすごく難しいですね。「面白い」の幅がとても広いし、今自分が面白いと思っているものもコロコロ変わるので、その都度作品のテイストは変わったりします。
■今回は立体作品を展示されるとのことですが、どういった経緯で制作されたのですか?
何も作れない時期が続いていた頃の話なのですが、当時、「自分の作品を作りたい」という気持ちだけが強くて、でも何をしていいか、どこに向かえばいいかわからないという、心と身体がちぐはぐになっている感覚で、自分と向き合うことにすごく苦しんでいました。かといって手を止めてもダメだと思っていたので、紙の箱に色々貼り付けたり描いたりして、「あんまり面白くないなぁ」と思いながら模索していた時に、ふと思いつきで、昔からミニカーとかそういったものが好きだったので、これに針金を通して車輪を付けてみたらどうだろう?と思い、1台作ってみたんです。それでできた物を見た瞬間、なんだかすっごく嬉しくなって、これがアートなのかと問われるとよくわからないし、思いつきだしコンセプトもないし…でもすごく嬉しくて楽しい気分が湧いてきて、「あ、これでいいんだ」と思えました。自分が一番納得できて楽しくて、「作りたい」と思ったものが見つかった感覚でしたね。そう考えると、アートというところはどうでもよくて、まず自発的に沢山作れるということが一番大事だと思いましたし、子供の頃に遊んでいたような感覚で取り組むことが一番合っているんじゃないかなと思いました。自分っぽい個性のあるものを作らなきゃいけないとどこかでずっと思っていたんですけど、そういうことは気にしなくて良くて、良くも悪くも諦めがついて、自分が思うままに作っていれば個性は出るし、大丈夫だろうと思えるようになりました。とにかく、人の目を気にせずにたくさん作れるようになったことがすごく嬉しかったです。作りすぎて、部屋は埋まっちゃったんですけど(笑)今はもう立体作品は作っていないので、今回の展示ではその当時の作品を持ってきます。
■漫画を描き始めたきっかけを教えてください。
ずっと漫画を描きたいなという思いはふつふつとあったんですけど、なかなかきっかけがなかったんです。立体作品を作っていた頃、コスト面でなかなか厳しいものがあって、展示に慣れていくうちに自分自身が擦れてきてしまったりしていて。そんなタイミングに、たまたま作家仲間の友人がCOMITIA(コミティア)(*1)に出していたので、行ってみたらすごく新鮮でした。本を作るのはすごく大変なのに、5000人くらいが頼まれてもいないのに自発的に本を作って売っていて、そのエネルギーがすごくいいなと思いました。それでCOMITIAに行くようになって、お客さんとの交流も含めてすごく楽しそうだなと思い、自分もいつか出したいなぁと漠然と考えていました。けれど、本を作るのは結構大変だし、印刷所のWEBサイトを見るとトップページがすごく見辛くて、心が折れて「やっぱりやめよう…」というのを何回か繰り返していました。そんな時に、友人に「みんなでインディーズの漫画雑誌を作らないか、印刷はデザインも含めて自分がやるから」と誘われて、「じゃあ僕は、描いてスキャンして届ければいいだけだ」と思って、『エソラゴト』という作品を描きました。でも、その時に締め切りを守ったのが僕ともう1名だけで、その他の人は誰も間に合ってなくて…その後も全然出る気配がなく、1年半くらい経ったところで「これはもう完全に企画が断ち消えたな…」と思ったので、もったいないから自分で出そうと決意しました。印刷所だとハードルが高いので、キンコーズ(*2)で印刷してリスクの少ないコピー本を出そうと思って、100部くらい印刷してCOMITIAに申し込んだんです。そういう経緯で漫画を描き始めました。1作目を出して、登場人物は人間じゃないし、大丈夫なのか不安だったんですけど、意外と面白がってくれる人が多く、こういうものを受け入れてくれる土壌もあるんだと気づきましたね。その頃にはもう立体作品を作るのをやめて、同人誌を作ることに没頭していました。なので、これまでの活動フィールドが変わったという印象ですね。
なんで漫画にハマったかというと、漫画はセリフがあってコマ割りがあってキャラがいて、それを描き進めると時間が生まれるということにすごく衝撃を受けたんです。連続して描くことで時間が生まれて、場所も空間も動いているということが、初めてアニメーションを作った時のような感動に近かったです。その快感だったり、「もっとこの時間を紡ぎたい」という気持ちや、色んなものを出して遊んでみたいという欲がすごく出て、それで色々試して描くようになりました。一枚絵ではわからなかった驚きがすごくありましたね。
(*1)COMITIA(コミティア):1984年より年4回開催されている、創作(オリジナル)ジャンル限定の同人即売会。現在は主に東京ビッグサイトにて開催されている。
(*2)キンコーズ:店舗型コピーサービスを展開している印刷会社。法人から一般消費者までを対象としており、所謂ビジネスコンビニの先駆けとなっている。
■ネルノさんといえば、アイコニックなキャラクターが印象的ですが、彼らはどのようにして誕生したのですか?
あの子は、僕が予備校に通っていた頃から課題用に持ち歩いていたスケッチブックの端っこになんとなく手癖で描いていたキャラクターです。昔猫を飼っていたので、なんとなく猫は好きで、ちょろっと顔だけ描いたり、それにだんだん体がついたりして。でも本当に手癖の落書きだったので、それをどうこうしようということは最初は全然なかったです。それで、いざ漫画を描こうとなった時に、登場人物を決めないといけないじゃないですか。ゼロから考えるのは大変だし、かといっていかにも「作りました!」というキャラクターを作るのもなんとなく気恥ずかしくて、どうしようかなと思った時に、「描き慣れているアイツでいいんじゃないか」と思ったんです。あの子たちは描くことに全く抵抗がないし、それで描こうと思ったことが始まりです。なので、もともとは自然発生的になんとなく生まれたキャラクターです。
また、彼らは装画を担当した書籍などで頻繁に登場していますが、あれは先方からのリクエストで描いています。なので、仕事の際は意図があってあのキャラクターを描いている訳ではないです。僕もあの子たちを描いた当初はそんな風に広がるキャラクターになるとは思っていなかったですね。彼らは一般的な他のキャラクターに比べて思想というものがないんですよ。喋り方は人間と同じで親しみやすさはあるのかもしれないですが、性別もないし、猫なのかどうかも怪しいし、優しいのかと思いきや時たま殴ったりもしますし…(笑)長く愛されるキャラっていうのは哲学や思想があるんですよね。例えば、鉄腕アトムやブラック・ジャックもそうですけど、手塚治虫さんのキャラクターはそれぞれ普遍的なメッセージを唱えていますし、スヌーピーも犬小屋に入らずに屋根で寝ているなんて、よく考えると思想がかなり強いなぁと思いますね。そういうこともあって、彼らの需要が実際にどういう意図であるのか、まだ把握できていないところがあります。かわいいというだけではなく、まだプラスアルファで何かあるのかなと思っています。
■ネルノさんはクライアントワークも多く手掛けられていますが、その際に心がけていることなどありますか?
まず、自分が見たいものを作るということと、頂いたお仕事も楽しむということですね。お仕事については、クライアントからの要望もありますが、受け身にならないように心がけています。受け身になるとどうしてもこなす感じになってしまって、その瞬間に少し嫌な気分になってしまうので、なるべく自分が楽しめる方向に引き寄せるようにしています。それはクライアントの意向を捻じ曲げるということではなくて、「こうした方が面白い」という提案をして、自分のモチベーションが上がる方向に持っていくというイメージです。面白いことをやろうとすると手間がすごくかかるんですけど、面倒臭い方向に持っていった方が自分は元気が出るタイプなんです。この提案をすることで自分の作業量は増えるし、大変なんですけど、出来上がったものはきっと面白いし、満足度があるなと思ったら、そっちに行くと決めています。忙しくなりすぎて「何でこの提案しちゃったんだろう」と作業中は後悔することもあるんですけど…(笑)それでもやっぱり、最終的にはやってよかったなと思えますね。面倒臭くても、やっぱり面白い方に転んだ方がいいなと思います。
■今回の展示のテーマや内容を教えてください。
まず今回のテーマとしてあったのは、「町田」ですね。僕は幼少期から現在まで、神奈川周辺を転々としていて、町田には幼稚園の頃から親に連れられて来ていましたし、今もよく足を運んでいます。なので、町田の街の移り変わりは長らく見てきました。相模大野に住んでいた頃は、ほぼ毎日町田に来ていて、何か使えそうな素材を拾ったり買ったりしていましたし、喫茶店でアイデアを練ったりしていました。昔は今よりももっと本屋やCD屋だったり、風変わりなお店も多かったので、町田には本当にずっと入り浸っていて、常に何か面白いものがないかなと探していましたね。自分の中の「面白い」と感じる感性や、絵を描く影響を含めて、栄養を摂取したのは町田が一番大きいだろうなと思います。
展示タイトルの「クロールアラウンド」は「這いずり回る」という意味があるので、町田を這いずり回っていた身としてはこのタイトルが良いかなと思いました。学生時代やその後も、悶々としながらも何か面白いものはないかと町田の街をほっつき歩きながら考えていたので、その時に得た知見や考えは、今回出す立体や絵には全部入っていると思います。特に、立体作品の素材は町田で収集したものが素材になっているものが多いです。飲食店で出る廃材とか、今はなくなってしまいましたが、高原書店(*3)という大きい古書店で、外で売られていて日に焼けたりしていて、ぼろぼろで捨て値で売られている本が沢山あって、味のあるセピア色になっているんですよ。そういう物が素材として欲しくて、月に1回セールになる日があるのでそれを狙って買い集めていました。それ以外にも高原書店には面白い本がたくさんあって、僕の好奇心を満たしてくれる本が沢山あって、すごく色々な影響を受けましたね。なので、閉店してしまった時はとてもショックでした。
(*3)高原書店:1974年に町田市にて開業。その後、1985年に小田急町田駅東口のPOPビルに店舗を開業した。店内に美術サロンを展開するなど、地元の美術家への貢献も厚く、直木賞受賞作家である三浦しをんがアルバイトをしていたことでも知られている。2019年5月に閉店。
■今回の展示はどのような内容ですか?
平面作品は、町田の気になる場所をピックアップしたイラストレーションを展示する予定です。今回、メインビジュアルに乾物屋の河原本店(*4)さんの作品を描いたんですけど、あそこは前々から気になっていたので、良い感じに作品に落とし込めたんじゃないかなと思います。新作は結構迷いながら制作している最中で、当時の日記や資料なんかを見返していると、どんどん内側に入り込んで、色々暗いものが思い浮かんできたので、なんとなくそちらの方向性の作品が中心になりそうです。内面の記憶と妄想と実際の風景をどう絡めて落とし込むかというところで、それが面白さになればと思っています。
この制作を通して感じたこととして、ストリートビューなんかを見ていると、思い出の場所がなくなってしまっていることも多くて…それがすごく切なくて、悲しいですね。小さい頃って、自分が過ごしている場所は、ずっと当たり前に在ると勝手に思っちゃってるんですよね。でもやっぱり残らないものが多くて、記憶の中では鮮明でも、ないことを目の当たりにするとすごく悲しくなってしまいます。なので、作品に落とし込む時は、ある程度自分の記憶や内面から補っていくしかないなぁと思っています。
(*4)河原本店:町田街道沿い原町田にて、大正期から続く老舗乾物屋。創業当時から場所を変えず営業している。
■ご来場の皆様に、見どころをお願いします!
立体作品を出す機会が滅多にないので、なるべく色んな角度から見れるように展示して、すみずみまで楽しんでもらいたいです。写真で一側面だけ見るというよりは、やっぱり質感とかスケール感とか、実際に来てじっくり味わって欲しいですね。あとは、色んな素材を使って作っているので、古い紙などの経年の味わいなども感じて欲しいです。「よくわかんないけど、こんな車あるんだな」くらいの気持ちで好きに見てもらいたいです。立体の他に、パネルに描いた作品やレリーフ状になってる絵画など、平面作品も含めて、大小色々な作品を持ってくる予定です。そんなに肩肘を張らずに展示したいので、おもちゃを見に来るような感覚で楽しんで欲しいですね。
ネルノダイスキ プロフィール
絵画や立体作品の展示をやる傍ら
2013年よりネルノダイスキ名義で漫画同人誌をつくり始める。
現在イラストレーションや漫画を描いて活動中。
2015年第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で
同人誌「エソラゴト」が新人賞受賞
2017年第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で
同人誌「であいがしら」が審査員推薦作品選出。
【既刊】「ひょうひょう」(アタシ社)/「いえめぐり」(KADOKAWA)
【新刊】「ひょんなこと」(アタシ社) 2023年12月11日発売
パリコレッ!ギャラリー vol.29
ネルノダイスキ「クロールアラウンド」
パリコレッ!ギャラリー第29弾は、ネルノダイスキ氏による個展を開催。
イラストレーションと立体作品が織りなすカオス空間へダイブ!
町田での経験がぎゅっと濃縮された、記憶との展示をお楽しみください。