町田で月イチでアートが楽しめる「パリコレッ!ギャラリー」。
第26弾は、油絵で細密な写実絵画を描かれているアーティスト:児玉沙矢華さんです。
児玉さんは非常に細密な写実絵画を通して人の心を投影し、鏡像として表現しています。
普段見えない視点の世界や、異なる色彩、不思議な世界を体感する事ができます。
児玉さんに、写実絵画を描かれるようになったきっかけのお話や、
今展示の見所、トークショーでお話しされるフィレンツェ留学のエピソードなど、様々なお話を伺いました。
■児玉さんが油絵を描かれるようになったきっかけを教えて下さい。
子どもの頃から絵を描くことが好きで、中学校では美術部に所属していました。クロッキー(※1)を盛んに行う部で、その時から人物を描いたり、色々な美術の課題をしていました。高校では、最初は5人くらいの美術同好会という形から始まりました。そこで、仮顧問の先生が油絵を描く機会を作ってくれたんです。そこで、リアルにしっかり描く事がすごく合う素材だと思い、油絵を描くきっかけになりました。また、油絵は自分の思った通りに色を混ぜられたり、つなぎや汚れてもいい格好で思いっきり絵を描く私の中の画家のイメージの姿に合っていたんです。
(※1)クロッキー - 速写と言い、対象を素早く描画することを指す。スケッチとも言うが、10分程度の短時間で描かれたものをクロッキーと称する。主に動物や人体などを捉える訓練として行われる。
■児玉さんが現在のような写実的な描写をされるようになったきっかけを教えて下さい。
今のスタイルで絵を描こうと思ったのは、大学の恩師の金子亨先生に出会った事が一番のきっかけです。私は東京学芸大学で教育学を学んでいましたが、在学中から絵描きとしてやっていきたいと思っていたんです。その時に、先生に「独立展」などのコンクールに出して発表をするべきだとお勧めして頂き、「抽象や、空想画を描く前に、写真や物を見ながら描く、写実を中心に物を描けたほうが良い」とアドバイスを受けました。そこから、写実系の描写を行うスタイルで、自分なりに大きい絵を描いてみようと思ったことが今の表現のスタートになったと思います。金子先生が、絵を描く道を示して下さり、そのきっかけがないと今の活動はなかったと思います。自分が大学を卒業した後、どうやって画家として生きるかという事など、多くのことを教えて頂きました。
先生は様々な美術研究もされていて、写実に対する考え方や、写真を使いながら写実表現をどうするか、写真を使って絵を描くというのも描画指導に有効ではないか、等の色々なリアリズムの表現を先生から学びました。その事が私の研究や絵の方向性の指針にもなっています。ちなみに金子先生も、絵を独立展で発表されています。先生は群像表現を描いていて、人物を沢山描き、絵の中で合成するという事をされています。ボッティチェリ(※2)の「春」のような構成をしたイメージの作品です。その部分も、先生からの影響を受けていて私も群像表現を大きい絵で描いてみたいと思ったところがあります。
(※2) サンドロ・ボッティチェッリ - 15世紀後半のルネサンス期のフィレンツェ派を代表する画家。『春』、『ヴィーナスの誕生』など、宗教画、神話画などの傑作を残した。
■児玉さんの作品は不思議な奥行きのある作風が特徴的ですが、児玉さんの描かれる作品のテーマについて教えて下さい。
私は、<絵は人の心を反映するものだ>と考えていて、「空想の拡張」というテーマで作品を制作しています。絵を見ることで誰かの想像や考えが広がるという事を目指していて、そういった考えを広げてくれる存在が子どもだと思っています。子どもは色んな発想から遊びを広げるなど、とても面白い発想をしますよね。そこから、自分の絵の中にも「子どもが考える空想の広がり」を取り入れています。子どもは「空を飛びたい」といった空想をする事があると思うのですが、そういった非現実的な要素があるモチーフを取り入れています。それと、子どもは何かの役になりきったり、雲の形を見て違うものを想像したり、”見立て”をすると思うんです。私の描くモチーフの中にはそういう”見立て”の要素や、空想の世界を想起させる生き物を描いているという部分はありますね。
また、私は遠近法にこだわりがあります。例えば、子どもの絵は上や横の別々な視点から見たものを一つの色んな画面に混合して描く事があり、写真に撮れないような遠近法で物を彼らの世界観で描いていますが、私の作品は、それと似たところがあります。一点透視(※3)的な写真のような視点だけだとつまらないので、空間を広げるために少し三遠(※4) の要素を意識して「鏡」というモチーフを使用しています。自分の絵に奥行きや、目まぐるしく絵の中を動き回るような感触を感じていただけると嬉しいなと思い、そういった効果を入れています。
(※3)一点透視図法 - 遠近法の一種で消失点を1つ持つ構図。奥行き方向の線は全て消失点に収束するように放射状になる。遠近法では他に2点透視図法、3点透視図法などがある。
(※4) 三遠 - 東洋美術の山水画における遠近法。 下から上を見上げる「高遠」、ほぼ水平に風景を眺望する「平遠」、渓谷などによって見えにくくなる深みを覗く「深遠」、三つの視点を一つの画面に描く遠近法。
■今回の展示タイトルである「Reflection」の意味を教えてください。
「Reflection」は「反射する」という意味があり、前述した通り、主に鏡をモチーフにしています。私が作品に使う銀箔、金箔は、水面や鏡に反射する虚像をかたどるイメージで使用しており、その箔自体もきらめき、反射する要素があるなと思い、このタイトルにしました。絵は自分の心の鏡、人は自分を写す鏡という言葉があるように、自分の心の有様を映すものでもあるというのを感じています。また、「Reflection」という英単語には「熟考する・振り返りをする」という意味もあり、これまでの自分の経験や新たに得た経験を見つめ直す好機になりました。というのも、フィレンツェ賞展フィレンツェ美術アカデミア賞を受賞し、今年の3月に1ヶ月間フィレンツェに留学していました。この旅で、自分を見つめ直すきっかけが得られるのではと思っていたことと、2016年に開催した相模原市民ギャラリーでの個展から、今回の展示で自分がどれくらい変化しているかを知ることができるのではという思いから、新旧の経験を振り返る意味も含めて、この言葉を選びました。
■児玉さんの作品は現代の女性が描かれている点が印象的ですが、理由をお伺いしてもよろしいですか?
最初は12歳下の弟をモデルにしていました。そこから自分が教師になった時に、私の身の回りにいる子ども達がテーマになっていきました。よく見知った人じゃないと描きにくいというのがあって、その子がどんな性格でどういう仕草をするのか、頭の中に特徴をインプットしている子の方が絵に描くときに色んな発想ができるんですよ。「この子だとこういうポーズ」や「服が似合いそう」「この子の印象ならこういうモチーフが合いそう」等の物語性が生まれやすい人を、モデルに選ばせて頂いています。また、今は玉川大学で教鞭をとっていることから、身の回りに大学生が多くなりましたので大人と子どもの間を揺れ動く年代になりました。
■児玉さんは迫力のある巨大絵画を沢山描かれていますが、
1つの作品を制作されるのにどれくらいの時間をかけられていますか?
普段、独立展で展示している物は、3mくらいある200号がありますが、1ヶ月半くらいで描いています。「その絵にかかった時間はどれくらいですか」という質問に正確に答えようとすると異なるかもしれません。実は絵を描くときは、どの絵もアイデアスケッチで時間がかかっていて、アイデアを出したりするのに、それこそ一ヶ月以上かかります。アイデアを描きためておいて、突然一ヶ月で描き始めるようなことをしているので、絵によっては、描き始める前のアイデアを考える期間と、下準備の期間が長くかかっていることもあります。アイデアスケッチから結構変わることもあり、スケッチをまず描いて、そのあとにモデルさんの撮影、そこから、もう一回構図を練り直して原寸大の下図まで作ります。その時に実物大のキャンパスを目の前に、1mm単位で微調整すると、最初のアイデアからかなり変化することがあります。あと、色を塗り始めると、当初予定していた色と変えてしまうことはあります。また、沢山資料がある方が色々なアイデアが生まれるので、写真撮影するときは色んな角度から撮ったり、様々な種類のカメラを使ったりしています。絵を進めていくと、どうしてもこのポーズは変えたい、表情をちょっと動かしたいということが出てくるので、その時にスケッチをして、その記憶を参考にしたり、違う角度の写真から絵の中で合成に近いことを行っています。
■児玉さんは、玉川大学で教鞭をとられていらっしゃいますが、大学ではどういった研
究をされていますか?
大きく分けて3つの課題をベースに研究・教育活動をしています。1つ目に描画指導法を研究しています。たとえば絵が苦手な子や初心者の子に、どうやったら絵が上手く描けるようになるか、美術が嫌いな子や苦手な子に、どういう描画指導をして楽しく美術を学んでもらうかといった美術の教育研究をしています。2つ目は、古典技法の素材を使用し、どんな作品づくりができるか等の絵画技法に関する研究をしています。3つ目は、空間にどのような装飾空間を作れるかを研究しています。また、学生たちと展覧会を企画して、その制作活動と運営を指導する等、絵を描く以外に、展示の運営・企画等も教育研究として扱っています。
■児玉さんは、主に相模原、町田を拠点に制作されているとのことですが、
町田ではどういった場所で制作をされていますか?
相模原出身、在住というのもあり、「地域の作家です」と言う意味も含めて、相模原で活動している部分はあります。また、夫の実家が町田にありまして、そちらに大きな大作を描くようなアトリエがあります。現在の勤め先が玉川大学で、町田で地域貢献、芸術による社会貢献を意識している大学なので、必然的に授業やプロジェクトで町田市に関わることがすごく多いです。近年だと、町田市のことを紹介する「町田かるた」を作ったり、版画美術館等で活動する授業も担当したりと、町田と関わる場面はすごく多くなってきました。そういう意味で、自分の個人制作だけではなくて、仕事としても町田、相模原は中心拠点になっています。
■影響を受けた、または好きなアーティストの方はいますか?
技法面でいうと、レンブラントは、絵の具を盛り上げて描いている描画方法に惹かれて、少し真似している部分もあります。あとは、『ダリ・私の50の秘伝』という、ダリ自身の絵に対する考え方、技法をまとめた本があるんです。学生時代にそれを読んだ時にダリの考え方や、シュルレアリスム(※5)的な構図の作り方が面白いなと思いました。ダリを起点にシュルレアリスムに興味が出たので、シュルレアリスム系の作家全般や幻想的リアリズムを好んで見て、構図等を参考にするようになったかなと思います。
(※5)シュルレアリスム - 戦間期にフランスで起こった作家アンドレ・ブルトンを中心とする文学・芸術運動。
■今展示では、フィレンツェでの体験談・児玉さんの制作技法をお話しいただくギャラリートークショーを開催いたしますが、イベントの見どころにつきましてお伺いできますか?
フィレンツェのアカデミアに留学した際、事前にどのようなことを学びたいか、内容をリクエストできたんです。留学された方は、テンペラやフレスコ画を学ぶ方が多いらしくて、イタリア人の画家とお話をした時に「君は、こんなに技術が身についているのに今更何を学ぶの」と言われまして、結構衝撃的だったんです。「自分の技術を改善するには何をしたらいいか」という点を聞いてみたらどうかと言われ、それを問うようなリクエストを出してみました。そこで「あなたは写真を撮って描くなど、確かに技術は身についてはいるけど、直接物を見て描くことをきちんとやったほうがいいんじゃないか」と改めて言われました。その教授の人物を描く授業で、「目を瞑って描いてください」など、日本ではあまり教わらないような面白い描画技法・エクササイズみたいな物を教えて頂いた事が衝撃的でした。そうした面白い描画指導法体験をトークでお話する予定です。また、技術面以外に精神的に変化を受けた事や、自分の絵に対する考え方がアップデートされるような人々との出会いのお話、また、アカデミアで描いたドローイングを持ってくるので、どのようなエクササイズを行って描いたのか等をお話しようと思っています。
■最後に、パリオにいらっしゃる来場者の皆様に今回の展示の見どころや伝えたいことがあれば教えてください。
私の絵は先にも言った通り、「空想の拡張」という、絵を見ることで、その人自身が色んな想像をしたり、物語を考え、想像を広げて欲しいというのが全ての作品に共通しているテーマです。ご覧になって頂く方に、想像や空想、発想を広げて楽しんで頂きたいです。その日の気分や、見る角度等で見え方も変わるかもしれないので、是非その日の気持ちも投影、反映しながら楽しんで欲しいと思います。
私自身は、人との繋がりを大切にしたいという気持ちがありまして、フィレンツェに行ったときも、色々な人とのご縁やこれまで私が教えを受けてきた人との繋がりを振り返ったり、考えたりする機会があったんです。自分が展覧会をする時も、芸術によるコミュニケーション、絵を通して人と関わることをしたいという気持ちがあります。絵を描き続けていると、これまでずっと見てくれた方、たまたま見にきてくれた方や、色々なご縁が発生していくと思います。そのような絵を通してできる繋がりを大切にして、これからの自分の糧にしていきたいです。ご来場いただいたら気軽に絵に対しての感想等を伺えたら嬉しいです。
児玉沙矢華 プロフィール
1986年東京都生まれ。東京学芸大学卒業、同大学大学院教育学研究科修了。
独立展、女流画家協会展に2005年より出品し、毎年入選。
女流画家協会賞、2018年独立賞、2019年第21回雪梁舎フィレンツェ賞展フィレンツェ美術アカデミア賞等、受賞多数。
2016年相模原市民ギャラリー相模原市企画個展、他グループ展にて発表多数。
出身である神奈川県と町田市を拠点に制作。
現在、玉川大学芸術学部アート・デザイン学科講師として、美術教育と絵画の研究・教育活動を行う。
また、独立美術協会会員、女流画家協会委員、日本美術家連盟会員として展覧会発表活動も継続的に行っている。
パリコレッ!ギャラリー vol.26
児玉沙矢華「Reflection」
児玉沙矢華氏は非常に細密な写実絵画を通して人の心を投影し、鏡像として表現している。これらの表現は普段見えない視点の世界、異なる色彩が感じられ、不思議な世界に誘うものである。
本展示では、独立展、女流画家協会展で発表してきた大作と、テンペラと油彩の混合技法で制作した小作品、フィレンツェ滞在中に制作したドローイングを展示します。
会期中には作品解説や制作技法、フィレンツェでの体験談などをお話しいただくギャラリートークショーを開催します。
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