町田まわるまわる図鑑 〜パリコレッ!ギャラリー・アーティストインタビュー~ <アーティスト:坂本のどかさん>

開催:2021年2月4日(木)

町田で月イチでアートが楽しめる「パリコレッ!ギャラリー」。
第6弾は町田市在住のアーティスト:坂本のどかさんです。
今回、2月13日(土)から始まる個展に向けて、
これまで制作されてきた作品や、町田に引っ越してきた経緯も含めて、
Zoomでお話を伺いました。

Zoomの画面越しの坂本のどかさん。

■幼少期や学生時代のお話をお聞かせください。
幼い頃から絵を描くのがとにかく好きで、紙と鉛筆を与えておけばいいような子どもでした(笑)。美術コースのある高校に進学して、遅くまでデッサンをしたり、ひたすら平面構成(*1)や立体構成(*2)をしたり、作品を作るというよりは、美大進学のための美術予備校的な修練が主なコースでした。当時はビジュアルデザイン(*3)の方面に進もうと思っていたのですが、先生が筑波大学芸術専門学群を紹介してくれて、そこの総合造形コースでは、現代美術や空間演出が学べることを知りました。それまで平面作品ばかり制作していたので、とてもビジョンが広がりましたね。当時、地元石川県は金沢21世紀美術館が開館する間際で、あちこちでプレイベントとして様々な現代美術の展覧会や上映会なども行われていました。そういった中で、空間を使った作品がとても面白くて新鮮に感じ、同校に進学を決め、生まれ育った石川県を離れ、茨城県つくば市に引っ越しました。

*1平面構成とは…指定されたモチーフを組み合わせ、平面作品を作ることを目的とする、美術予備校のデザイン科のトレーニング課題。
*2立体構成とは…ケント紙や水粘土を用いて、立体造形物を制作する。デザイン科と工芸科の大学入学試験に出題されることが多い。
*3ビジュアルデザインとは…絵や写真、コンピュータグラフィックスなどの視覚的な表現で伝達することを目的としたデザインの総称。

■町田に住み始めた経緯を教えてください。
町田市玉川学園にある玉川大学芸術学部で助手をすることになったことがきっかけです。それまでは、大学時代からの友人と4人で5年くらい、シェアハウスをしていたのですが、「そろそろ卒業しないと!」という焦りもあった中、助手の職を得られたので、2012年に町田に引っ越しました。町田は実家以外で一番長く住んでいる場所ですね。最初はこんなに長くいるつもりじゃなかったのですが、やっぱり町田って住みやすいんですよね!

■今は玉川大学芸術学部で非常勤講師をされていますが、町田で美術を学ぶ学生に向けてアドバイスはありますか?
町田駅周辺は、東急ハンズや世界堂、ユザワヤやオカダヤといった様々な材料を扱うお店がたくさんあります。行ったことはないのですが、電子部品のお店もあるみたいです。今はネットでなんでも買えちゃう時代ですが、急ぎで欲しければ一般的な材料であれば駅周辺で手に入るので、便利ですね。町田ではないですが、私は相模大野の「ユニディ」も重宝しています。インプット面では、町田市立国際版画美術館や町田市民文学館ことばらんどは、所蔵品や企画展も魅力的でとてもいい施設。市立図書館が大きいのもいいですね。版画美術館には工房もあるので、大学だけでなくこういった施設もうまく活用するといいと思います。あとは、近隣に美術系の大学が多いので、橋本の方にはシェアアトリエが多くあります。美術を学ぶ学生や卒業生同士が繋がれるコミュニティも多いので、面白い地域だと思いますね。あとは玉川大学生は通学ついでに是非、散歩してニラハウス(*4)を発見して欲しい!
*4ニラハウスとは…玉川学園地域にある、日本の前衛美術家、随筆家、作家である赤瀬川原平の自邸。

■今回はインスタレーションを展示されますが、インスタレーションとはどういうものですか?
絵画や彫刻などは、それ自体が単体で作品であり、展示される空間に作品が左右されることはないですが、それに対しインスタレーションは、周囲の空間など、作品を取り巻く環境も含めて作品であるという、1970年代に現れた現代美術の概念です。と言っても、インスタレーションとそうではない作品の線引きは難しいんですよね。置かれる空間を意識して絵を描いているなら、それもインスタレーション作品かもしれません。キャプションにインスタレーションと表記することで、鑑賞者にそういう目で見てほしい、という作家の意図を示す役割もあると思います。私は現状、自分の表現形態としてインスタレーションという言葉を使ってはいますが、正直なところ、もっとしっくりくる言葉をずっと探しています。「インスタレーション」が示す意味として「装置」もあるんです。私としては、そちらの方がしっくりくるなと思い、そこから派生して作品を「デバイス」と呼んでみたこともありますが、結局しっくりきませんでした。
これは大学時代に学んだ現代美術についての考え方なのですが、美術という島があるとして、その中で油絵とか彫刻とか、すでに確立され認められているジャンルの作家は、作品を作ることで、そのジャンルの山をちょっとずつ高くする。それに対し現代美術の作家は、それまでにない作品であることが現代美術たる理由の一つなので、山を高くするのではなく、島の端っこの陸地をちょっとずつ広げていくんだそうです。インスタレーションもそうして美術の島を拡大した概念の一つなのですが、定義が広いがために、その言葉の出現によって、広大なインスタレーションの遠浅ができてしまったのではないかと思っています。新しい表現をして島の陸地を広げたつもりでも、実はそこもすでにインスタレーションの一部だった、みたいな。インスタレーションに限らず、現代美術の表現はもうずっと飽和状態なので、この島の例えから、次の次元にステップアップしたいところです。コロナ禍でオンラインの活動がさらに活発化していることもあり、そろそろ、空間の先、遠浅の先が見えてくるんじゃないかとも思います。今回の私の作品も、空間を使いながらも、鑑賞者はネットを介して観るというかたちなので、インスタレーションとは言ったものの、疑問が残りますよね。その疑問がいい意味で次に繋がるといいなと思っています。

■坂本さんのインスタレーション作品についてお聞かせください。
『ためいきまじり』という作品は、私自身も思い出深い作品で、人々の記憶にも残っている代表作と呼べるんじゃないかと思います。蛇口が4つ並び、蛇口をひねるとため息が流れてきます。蛇口ごとに音源が独立しているので、音そのものがが互いに影響を与え合うことはありませんが、展示空間や、鑑賞者の中で、音声が交じり合います。
ただ見ているだけでは何の変哲も無い蛇口でしかなく、鑑賞者の行為が作用し音声が再生されることで、初めて作品になります。また、音声は、空間の形や素材で空気の震わせ方が変わるので、空間が変われば音声の聞こえ方も異なります。作品以外の要素を必要とすることと、音を使う=空間を必要とするという部分で、この作品もインスタレーションと言えると思います。
   
   

『ためいきまじり』

シェアハウスに住んでいた頃は、家の中の人の動きによって、同じ空間がパブリックな空間になったりプライベートな空間になったりすることに面白みを感じていました。例えば、お風呂は誰でも入っていい空間だけど、人が入ると途端にプライベートな空間になる、みたいな。そういった個々のプライベートが重なり合う、人との境界線みたいなものの曖昧さを作品化したのが『ユニットバス -women's-』です。シェアメイトたちに協力してもらって、各々のため息を録音し、それをバスタブに溜めました。
   
   

『ユニットバス -women’s-』

『あるといるの満ち引き』は、外から撮影した複数の窓を、展示会場の壁面に散りばめて投影した近作です。カーテンを開閉する映像が繰り返し流れます。一般的な感覚としては、室内はプライベートな空間で、外はパブリックな空間になると思うのですが、外からぼんやり眺めていると、中を照らすためにあるはずの窓明りが、外にいる自分のためにあるように思える時があって。でも、部屋の中の人の姿が見えたり、明かりが不意に消えた途端に、そうじゃなかったと気付く。その瞬間を味わうのも好きですね。
   
     

『あるといるの満ち引き』*壁面に映し出されている映像

2013年に制作した『pillowless』という作品は、小型のモニターと枕が四つ囲むように並んだ作品で、モニターの中に、ゆっくりと寝返りをうつ女性たちの姿が映し出されます。女性たちは寝返りを繰り返すうちに、いつの間にか互いのモニターを行き来します。それが延々続くのですが、この作品は、SNSが元になっていて、人と自分の思考や意識の境界線みたいなものについて考え制作したものです。例えばTwitterだと、人のツイートに「いいね」したり「リツイート」したりすることで、他者の言葉を自分に紐づけることが、ごく簡単にできてしまいますよね。どこまでが自分の意見で人の意見なのか、その線引きが曖昧になることで、無意識のうちに互いの領域に立ち入りあってしまうということが、たくさんある気がしています。
   
   

『pillowless』

こうして、これまでの作品を振り返ると、私は自分のテリトリーと人のテリトリーみたいなものをすごく意識しているのかもしれません。その境界線が重なり合っていたり、状況によって動いたりする、そういう出来事が自分の中で溜まっていき、それを作品化しているのでしょうね。
   
   
■作品の中で大事にしている部分はなんですか?
私自身、普段から不必要にプレッシャーや焦りを感じやすいのですが、完成した作品はいつも、そういった自分自身の焦燥感を遠ざけてくれるものになっている気がしています。私は作品の方向性が決まるまでとても時間がかかって、制作過程においても、制作するプレッシャーや焦りから解放されたがっているんですよね(笑)。なので、観る人のためにというよりは、自分自身を和らげてくれる作品に行き着くんだと思います。
作品にそういった役割を求めた時に、出てくる要素が「行為の反復」や「モチーフの繰り返し」です。作品を見た方から「波をずっと見ているような感覚になる」といっていただいたことがあるのですが、自然界には波の動きのように、同じ動きの繰り返しのようでいて、実は不規則なゆらぎがあるものが多々あり、それを「1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)」と呼び、人はそのリズムに心地よさを感じるのだそうです。同じものが複数並んでいて、でも互いに干渉し合うことなく、それぞれのタイミングで動き続けている様子は、そういったゆらぎの効果をもたらすのではないかと思います。加えてこれは私の個人的な感じ方ですが、作品を構成する要素を自分や他者に例えてみると、互いに干渉し合わずも、同じ空間、時間に居続けているように見えて、そんな在り方にも魅力を感じているのだと思います。
   
   

『nega-eru(roll over and over/hopefull)』

■普段どんな環境で制作されていますか?
最近、iPhoneが静かになる夜中の時間帯が、とても制作に集中できます。学生の頃と比べ、物事に集中できなくなって、体力の低下などが関係しているのだと思っていたのですが、日中はなんだかんだ、チャット的な気軽な連絡手段やSNSの存在が、自分の注意力を散漫にしているのかもしれないと気づきました。日中は基本的に在宅で仕事をしているのですが、コロナ禍で人とは会いにくい状況で、その分、遠隔の連絡にリアルなコミュニケーションと同様のスピード感が求められたりします。それこそ、自分のテリトリーに人が入ってきているような感覚で、どうしてもそちらに気がいってしまいます。コロナ禍になって、SNSはほぼやらなくなりましたが、そういう状況も関係していたのかもしれません。夜が更けて、自分のことに集中できる時間は大切です。

■坂本さんにとってのアートはどんな存在ですか?
私は制作や発表をコンスタントに続けられてはないのですが、それでもやはり、作品を作る自分が、自分の中で消えずに居続けてくれていることは大事だと思います。たとえ、いろいろ無くなってしまっても、作品を作ることができる自分がいれば大丈夫、という気持ちがあります(経済的には、全然大丈夫じゃないのですが)。コロナ禍で「不要不急」という言葉が横行して、自分の中で何が不要で不急か、考えた方は多いと思いますが、私にとって作品を作ることは、不急だけど、決して不要ではないことです。アウトプットする術を、行使しなくても常に持っているということは、何にも変えがたいことだと思います。

■今回の展示についてお聞かせください。
当初は、自分が生業にしている、編集の仕事にある面白みを作品化できないかなと思っていたのですが、コロナの影響もあり紆余曲折し、今の状況で展示することに、意味を感じられる作品を制作することにしました。今回の作品は、鑑賞者が遠隔で参加するものです。スマホなどのデバイスから会場内に設置したインターネットカメラにアクセスすると、会場を観て、会場に声を発することができます。その仕組みを利用して、鑑賞者の発した声を会場で可視化し、蓄積していきます。また、カメラは複数台設置しているので、同時に別のカメラにアクセスしている鑑賞者がいれば、お互いに姿は見えませんが、他の人の存在を感じることができるかもしれません。
この一年、日常の些細なことを他愛もなく人に話すような場面は、多かれ少なかれ以前より減ったのではないかと思います。私自身も、友人と飲みにいくことも無くなってしまったし、大学で担当している授業もほぼオンラインで、授業後の無駄話などもほとんどできませんでした。各々に溜まっている声を、この作品に移して、その分また新鮮な空気やコミュニケーションを、自分に取り込んでもらえたらと思います。
   
   

■来場者へのメッセージをどうぞ。
みなさん無理せず、日々をお過ごしください。
ご自宅や外出先など、どこからでも、スマートフォンやタブレットを通して楽しんでいただける作品です。ちょっとした隙間時間に、ご覧いただけると嬉しいです。

坂本のどか プロフィール

町田市在住。玉川大学芸術学部非常勤講師。行為やかたちの反復を含む表現を通して、焦燥感を和らげるような作品を制作している。主な個展に2017年「ゆらぎの所在」(金沢アートグミ)など。
プロフィール写真:Yoshiki Shigematsu
▶︎ホームページ

パリコレッ!ギャラリー vol.6
坂本のどか
「置き換わるための仮の星」

町田パリオがオススメする
アーティストの月イチアート展シリーズ第6弾!

町田市在住のアーティスト・坂本のどかによる個展。今回、新型コロナウィルス感染症の影響により日常生活が変化し、気軽に声を発することができない今、人々の中に留まっている声を集め、見えるものに置き換えるインスタレーション作品を発表する。

日付:2021年2月13日(土)〜21日(日)
時間:11:00〜18:00
※最終日は16:00まで ※金曜日19:30まで
※鑑賞・体験はオンラインのみとなります。会場での鑑賞は出来ません。

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パリコレッ!ギャラリーvol.6
アーティストインタビュー

木版画家:庄司光里

木版画の魅力や技法についてのお話も交えながら、
個展「風に聞いて」について伺いました。

▶︎インタビュー記事はこちら

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